【金 賞】・・・・・「パートナーを大切に」 山 田 夏 菜 名古屋市
「半年ぶりの再会です。」とお兄さんは照れくさそうに自転車をなでた。数日前から、裏の畑に放置されていたのを、交番に通報し、我が家であずかっていたシルバーのママチャリ。若いお兄さんには、ちょっと似合わない気がしたけれど、とてもうれしそうな横顔を見ていたら、私もなんだか幸せな気持ちになった。母が「そんなつもりじゃない。」と断ったけれど、お兄さんは小さなケーキの箱を残して、歩いてきた5キロの道のりをママチャリで帰っていった。
私の家のまわりには、盗難車と思われる自転車の放置がとても多い。住所や電話番号が記されていれば、直接連絡し、消されているときには交番で調べてもらう。乗れる状態のものはまだマシで、サドルが無かったり、チェーンがちぎれていたり、すでに粗大ゴミと化してしまった自転車もたくさんある。そんな自転車たちも、新車で誰かの元に届けられ笑顔で迎えられた時があったろうにと思うと胸が痛くなる。
他人の自転車を盗む人間は、いったいどんな心をしているのだろう?初めて自分の自転車を買ってもらったときの喜びとか、その自転車で友だちと出かけた時の楽しさとか、そんな思い出はないのだろうか。悲しい人たちだ。
自転車を盗むということは、持ち主の思い出も一緒に盗んでしまうことなのに。残念なことだけれど、自転車の盗難はなかなかゼロにはならないだろう。でも盗ませない注意や工夫は私たちにもできる。「ほんの少しだからいいや。」という気持ちをあらためわずかな時間でも必ずカギをかけること。また、大きくハッキリと住所、名前、電話番号を書くこと。そして、もちろん防犯登録も忘れずに。また、長時間放置されている自転車を見かけたら、是非、持ち主に連絡してあげて欲しい。
ちょっとした気くばりで、誰かのパートナーを粗大ゴミにするのをくい止められる。今は自転車も随分安くなって「新しく買えばいいや。」と思う人もいるかもしれない。いや、実際に「もう要りませんから。」と冷たく言われたこともある。私は自転車を盗難から守ることで、物を大切にする心を持ちたいと思う。そして祖母がいつも言う「何でも手に入る豊かな時代になったねぇ。でも物を大切にする気持ちを忘れてはいけないよ。そうでないと、物で栄えて、心で滅びてしまうから。」という言葉をしっかりと受け止めたい。
その日、私は自分の自転車の名前が薄くなっていたのに気づき、極太マジックで、デカデカと住所、名前、電話番号を書き上げた。大切なパートナーが誘拐されないように心をこめて書いた。満足して部屋に戻ると、母が、「手を洗ってらっしゃい、おやつだよ。」と言った。テーブルの上には、お兄さんが残していった箱の中で、大きなシュークリームが四つ仲良くよりそっていた。お兄さんとあのママチャリのように。